御室派寺院紹介

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各地の関連寺院マップ 龍寶寺(仙台市青葉区)龍華寺(横浜市金沢区)明通寺(福井県小浜市)中山寺(福井県大飯郡高浜町)大福光寺(京都府船井郡京丹波町)葛井寺(大阪府藤井寺市)道明寺(大阪府藤井寺市)神呪寺(兵庫県西宮市)蓮光院(三重県津市)遍照寺(京都市右京区)子島寺(奈良県高市郡高取町)金剛寺(大阪府河内長野市)長勝寺(香川県小豆郡小豆島町)屋島寺(香川県高松市)雲辺寺(徳島県三好市)大聖院(広島県廿日市市)誓願寺(福岡市西区)
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龍寶寺

龍寶寺(りゅうほうじ)

宮城県仙台市青葉区八幡4-8-32

文治年間(1185~90)、伊達家の祈願寺(きがんじ)として初代朝宗(ともむね)が常陸国(現在の茨城県)に開創した。その後、福島、山形、宮城と、伊達家とともに移動し、慶長3年(1598)頃、初代仙台藩主伊達政宗(まさむね)の仙台築城に伴って現在の地に移された。境内には、東日本大震災の復興祈願として、クローン培養された御室桜が仁和寺から植樹され、毎春に花を咲かせている。

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龍華寺

龍華寺(りゅうげじ)

神奈川県横浜市金沢区洲崎町9-31

文治年間(1185~90)に源頼朝が武蔵野国六浦(現在の横浜市金沢区のあたり)山中に創建した浄願寺に始まり、明応8年(1499)に融弁上人が、荒廃した浄願寺と金沢光徳寺を併合して創建した。鎌倉時代に六浦が仁和寺勝宝院領であったことなどから、金沢区には御室派寺院が多く、なかでも同寺は古くから有力寺院であった。境内には、四季折々の草花が咲き誇り、「華の寺」としても有名。

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明通寺/撮影:武藤茂樹

明通寺(みょうつうじ)

福井県小浜市門前5-21

小浜市門前の、「棡谷(ゆずりだに)」とよばれる、前谷と後谷がせまる谷間の地に開かれた古刹。平安時代の征夷大将軍である坂上田村麻呂(さかのうえのたむらまろ)の宿願によって、大同年間(806~808)に開創されたと伝わる。「(若狭の)国中で無双の伽藍」とたたえられたが、平安〜鎌倉時代に三度の火災に見舞われた。現在の本堂、三重塔は十三世紀に再建され、国宝に指定されている。


撮影:武藤茂樹

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中山寺

中山寺(なかやまでら)

福井県大飯郡高浜町中山27-2

平城天皇の勅願により、大同元年(806)に、泰澄大師ゆかりの僧により開山したと伝わる。「若狭富士」と称される福井県高浜町の霊峰青葉山の西側、海抜約100メートルの中腹に位置する。境内からは、若狭湾(高浜・和田海岸)が一望できる。本尊の重要文化財「馬頭観音菩薩坐像」(展覧会番号162)は三十三年に一度本開帳となる秘仏で、若狭湾周辺に見られる馬頭観音信仰を物語る代表的傑作。

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大福光寺

大福光寺(だいふくこうじ)

京都府船井郡京丹波町下山岩ノ上22

延暦年間(782~806)に鞍馬寺の中興法印、釈峰延(しゃくのほうえん)が毘沙門天守護のために建立した。当時は、現在地より北方の空山(深山)の中腹にあったが、南北朝時代に足利尊氏が同地を訪れ、この毘沙門天を信仰し戦勝祈願をしたところ、幾多の戦いに勝利を得たことから嘉暦2年(1327)に尊氏により現在地へと移された。天正年間(1573~92)の兵火により多くが焼失したが、本堂と多宝塔は今も当時の姿を残している。

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葛井寺

葛井寺(ふじいでら)

大阪府藤井寺市藤井寺1-16-21

藤井寺市の西部に位置し、聖武天皇の勅願により造像せられ、行基が開眼した国宝「千手千眼観世音菩薩坐像」を本尊とする。この地には渡来系氏族が集住し、五世紀代には巨大古墳が築かれ、その後、有力氏族の寺院が多数建立された。葛井寺も、五世紀後半から六世紀半ばに朝鮮半島からの渡来系一族の末裔であった葛井氏の氏寺として創建されたと伝わる。本尊は、毎月十八日に開帳される秘仏。四~五月は、その名のとおり境内には藤の花が咲き誇る。西国三十三箇所の第五番札所。

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道明寺

道明寺(どうみょうじ)

大阪府藤井寺市道明寺1-14

藤井寺市の東部に位置し、菅原道真が手ずから刻んだ、との伝承をもつ国宝「十一面観音菩薩立像」を本尊とする尼寺。平安時代には「土師寺(はじでら)」と呼ばれており、この地域を本拠としていた豪族で、菅原道真の祖先にあたる土師氏が、聖徳太子の発願により、氏寺として七世紀に建立した。大宰府に下向した道真公に供えたことに始まる「道明寺(ほしいい)(もち米を御飯に炊いた後に干して石うすをかけたもの)」は、携行食、非常食として重用され、和菓子道明寺の材料としても有名。本尊の国宝「十一面観音菩薩立像」は秘仏で、毎月十八日と二十五日に開扉される。

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神呪寺

神呪寺(かんのうじ)

兵庫県西宮市甲山町25-1

兵庫県西宮市の北部にある標高約310メートルの甲山(かぶとやま)のふもとに位置する。淳和(じゅんな)天皇の妃によって建立されたという伝承があり、鎌倉時代には、源頼朝が諸堂を再建したとも伝わる。神呪寺という寺号は「神の寺」に由来するとされ、本尊の重要文化財「如意輪観音菩薩坐像」(展覧会番号168)は、日本三如意輪の一つで、一年に一度五月十八日のみに開扉される。

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蓮光院

蓮光院(れんこういん)

三重県津市栄町3-210

津市の中心部に位置し、聖徳太子開基の伝承をもつ寺院。寺伝では約0.5キロ南に位置する四天王寺の子院であったとも伝えられる。「津の初午(はつうま)さん」と呼ばれ親しまれている。草創期は法相宗であったといわれ、仁治三年(1242)に真言宗に属するようになった。重要文化財「大日如来坐像」(展覧会番号159)と同「阿弥陀如来坐像」は、通常非公開で、三月の初午の日に開帳される。

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遍照寺

遍照寺(へんじょうじ)

京都市右京区嵯峨広沢西裏町14

仁和寺より西へ、大覚寺に至る途中、嵯峨野の景勝地「広沢池」の辺りに、永祚元年(989)に仁和寺御開山宇多法皇の皇孫、寛朝僧正により創建。池に北面する遍照寺山にかけて荘厳なる伽藍が築かれ、盛んに灌頂会が催されて、ここに「広沢流」の名が発祥した。江戸時代に南200メートルの現在地に移転し、現在に至る。重要文化財「不動明王坐像」は千葉成田不動尊と一木二体の霊像と伝えられる。

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子島寺

子島寺(こじまでら)

奈良県高市郡高取町

天平宝字四年(760)、孝謙天皇の勅願により、僧報恩が創建したと伝わる。子島曼荼羅の名で知られる「両界曼荼羅」(展覧会番号56)は、子島寺中興の祖とされる真興が一条天皇の病気平癒祈願の功により賜ったものとされ、京都・神護寺の高雄曼荼羅と並ぶ両界曼荼羅図の代表作である。

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金剛寺

金剛寺(こんごうじ)

大阪府河内長野市天野町996

奈良時代に、聖武天皇が勅願し、行基菩薩が開山したと伝わる。南北朝時代には、南朝方の拠点となり、正平9年(1354)から6年にわたり、南朝の後村上(ごむらかみ)天皇の行在所(あんざいしょ)となった。応仁の乱や戦国時代をとおして兵火に遭わずにすんだことから、数多くの美術工芸品や歴史的建造物が伝わる。平成21年から平成大修理を実施、国宝の三尊を安置する金堂が創建当時の姿を取り戻した。「天野酒(あまのざけ)」は日本の清酒として歴史が深く、豊臣秀吉が愛飲したことでも有名。

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長勝寺

長勝寺(ちょうしょうじ)

香川県小豆郡小豆島町池田1561-1

小説『二十四の瞳』の舞台にもなっている香川県小豆島の西側に位置する。弘仁年間(810~24)、弘法大師により開創されたと伝わる。小豆島八十八箇所の第三十三番札所で、瀬戸内海の絶景が望める第四十二番札所、西の瀧の本坊にあたる。

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屋島寺

屋島寺(やしまじ)

香川県高松市屋島東町1808

四国八十八箇所の第八十四番札所。源平合戦の古戦場の一つとしても知られている屋島の山上に位置している。天平勝宝年間に鑑真和上によって開創され、鑑真の弟子恵雲が堂塔を建立、弘仁六年(815)に弘法大師空海が嵯峨天皇(在位809~23)の勅願を受けて、伽藍を現在地に移し、十一面千手観音像を彫造し本尊として安置したと伝わる。本尊の重要文化財「千手観音菩薩坐像」(展覧会番号170)は、本堂安置の秘仏であったが、現在は宝物館で拝観できる。

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雲辺寺

雲辺寺(うんぺんじ)

徳島県三好市池田町白地ノロウチ763

四国八十八箇所の第六十六番札所。四国霊場の中でも最高峰で、遍路の難所の一つ。徳島県と香川県の県境、標高900メートルの山地に位置し、その名にふさわしく周りを雲に包まれる寺。延暦8年(789)に、弘法大師空海がこの地を霊山として堂を建立したことに始まり、嵯峨天皇の勅願を受けて再び空海が同地へ登り、本尊を彫像したと伝わる。本尊の重要文化財「千手観音菩薩坐像」(展覧会番号172)は秘仏で、同寺でもほとんど公開されない。初夏のあじさいや秋の紅葉でも有名な寺院。

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大聖院

大聖院(だいしょういん)

広島県廿日市市宮島町210

嚴島(いつくしま)神社のある宮島に位置する。明治時代初年までは同社の別当寺(べっとうじ)であった。本堂は、鳥羽天皇の勅願道場として創建されたことから、鳥羽天皇の第五皇子である覚性法親王が門跡を務めた仁和寺との結びつきは深く、安土桃山時代には仁和寺第二十世任助法親王(厳島御室)が法流を広めるために同寺をおさめた。明治天皇の厳島行幸の際には行在所となるなど、歴代皇室とのゆかりも深い。

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誓願寺

誓願寺(せいがんじ)

福岡市西区今津851

寛智によって建立され、安元元年(1175)に臨済宗の開祖栄西を阿闍梨として堂供養が行なわれたことが、国宝「誓願寺建立縁起」(展覧会番号113)に記されている。今津の地は、仁和寺法金剛院の管轄する土地だったため、誓願寺の堂が完成する直前に、仁和寺が寺領の認可を下している。栄西は、中国・宋で禅宗を学んで帰国したあと九州に滞在し、安元2年(1176)から治承二年(1178)まで誓願寺で過ごした。